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徒然なるままに花と愛犬の写真を


by katoliinu

ミラーさんとビー玉



不景気でさびれたアイダホの小さな町。
年の終わりも近づいたころ、農場でとれたての生鮮野菜を買おうとして、
私はいつものようにミラーさんの露店に立ち寄った。

ミラーさんは旬のジャガイモを袋に詰めてくれた。
私の脇に痩せて顔立ちの整った少年が立っていた。
衣服はくたびれてはいたが清潔だった。
ひもじそうな様子で、
かごに入った採れたてのグリーンピースの値踏みをしているようすだった。

私はジャガイモの代金の支払いをすませたが、
みずみずしいグリンピースに気を引かれていた。
グリーンピースと新ジャガのクリーム煮が好きなのだ。
どうしようか迷っているときに、
盗み聞するわけじゃないのだが貧しい身なりの少年とミラーさんとの会話が聞こえた。

「バリー、元気かい?」
「こんにちは、ミラーさん。有難うございます。元気にやってます。立派なグリーンピースですね。見とれていたんです」
「いいできだよ、バリー。お母さんの具合はどうだい?」
「ええ、元気です。日に日によくなっています」
「そりゃよかった。ワシができることは何かあるかね?」
「いまは特にありません。グリーンピースに見とれていただけなんです」
「いくらか持って行くかい?」
「いいえ、結構です。お金がありませんから」
「それじゃあどうかね、何かの品物とグリーンピースと物々交換では」

そのころは食料品もお金も極度に乏しかったので物々交換が広くおこなわれていた。

「今ここに持っている物はビー玉しかありません」
「それでいいのかい。どれ、見せてごらん」
「これです。素晴らしいものなんです」
「見ればわかるさ。ふ~む、この青いやつだけかい。欲しいのは赤いビー玉なんだがね。お家に赤いのをもってないのかい?」
「そっくり同じ物はないです。だけど殆ど赤に近いビー玉はあります」
「それじゃこうしよう。一袋、持っていきな。こんどここを通りがかったときに赤のビー玉を見せてくれよ」
「はい、わかりました。ミラーさん、有難うございます」

私のそばに立っていたミラー夫人が近寄ってきた。
「この近所にはバリーの他にも似たような境遇の子供が2人いるんです。3人ともとても貧しい家庭の子供たちですの」と笑顔で話してくれた。

「夫はあの子たちにグリーンピースやリンゴだとかトマトなどを物々交換で売って上げるのを喜んでるのよ。それで、子供たちが律儀に赤いビー玉を持って戻ってくると夫はなんだかんだと、赤いビー玉は好きじゃないから緑かオレンジ色のビー玉を持ってこいなんて気まぐれなことを言いながら、野菜や果物を持たせてるんです」

私はいい話を聞いて心をうたれ、ひそかに微笑を覚えながらミラーさんの露店を後にした。

それから程なくして私はコロラドに引越したが、ミラーさんのことや少年たちとの物々交換のエピソードを忘れることはなかった。
たちまち5~6年が過ぎたころ、アイダホにでかけることになり、昔なじみを訪ねる機会ができた。
その滞在中にミラーさんが亡くなったことを知った。
その晩、友人たちは棺に納められた故人との対面にいくというので、私も彼らと一緒に弔問することにした。
葬儀場につくと弔問客が列をつくっており、われわれも行列のあとについた。
一番前の弔問客が故人の親族にお悔やみを述べていた。

私たちの前には3人の青年が並んでいた。
一人は軍服に身を固め、他の二人は髮形をきちっと整え、黒いスーツに真っ白のシャツを着て、3人とも立派な社会人らしくきりっとしていた。
棺の傍らで微かに笑みを湛えて静かに立っているミラー夫人に近づき、青年たちは一人ひとり夫人を抱き締め、頬にキスをして、言葉みじかに挨拶をし、棺へと進んだ。
夫人の涙をにじませた水色の瞳が3人の青年に注がれていた。
青年たちは棺の中に横たわったミラーさんの冷たく青みをおびた手に自分の温かな手を添えた。
悲しみに堪え、涙を拭いながら青年たちは葬儀場を後にした。

続いて私たちが前に進みミラー夫人にお悔やみを述べた。
私はミラーさんの露店で一人の青年を目にしたあの日の光景や、夫人から聞いたビー玉の話を打ち明けた。
夫人は目を輝かせて私の手を握って棺の傍らに引き寄せた。

「たったいま帰っていった3人の青年が、私のお話した子供たちですよ。あの子たちは、夫の“ビー玉交換”にどれほど感謝しているか、私に話してくれました。夫もとうとうビー玉の色や大きさについてあれこれ言えなくなってしまい、あの子たちは借りていたものを返しにきてくれたのです。私どもはこの世で一度もお金持ちになったことはありませんが、今ごろ夫はアイダホ一番の金持ちになったと思ったことでしょう」

そう言って夫人は、深い愛情のこもった柔和さで生気の消えた夫の指を持ち上げた。
その手の中には3個の赤いビー玉が美しく輝いていた。







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by katoliinu | 2011-12-26 19:08 | 小話