春 琴 抄
2012年 06月 03日
少女は盲目の自分が嫌いだった。そればかりか誰も彼もが嫌いだった。だがボーイフレンドだけは別だった。少年は少女のためにいつも傍に付き添っていた。あるとき少女が少年に打ち明けた。
「もしこの目が見えさえすれば私はあなたと結婚したいわ」
そんなことがあってから、ある日、誰からか一対の眼球が少女に提供された。包帯が外れたとき、少女はボーイフレンドはもちろん何もかも見えるようになった。
少年は「とうとう世の中が見えるようになりましたね。僕と結婚してくれますか」と少女に尋ねた。そのとき少女はボーイフレンドを見て、彼も盲目であることを知った。閉じているまぶたを見てショックをうけた。少女には思いがけない事実だった。
これからの生涯のことを考えると、少女の心は少年との結婚を否定する方向に押しやられてしまった。
ボーイフレンドは涙にくれて立ち去った。暫くして、短い手紙を少女に書き送った。それには次のようにしたためられていた。
「あなたの目を大切にしてください。その目はかつて私の目でした」
by katoliinu
| 2012-06-03 19:53
| 小話